先日夕食の時間に見ていたテレビのニュースで、硫黄島の旧島民の要望が叶い、硫黄島の表記が「イオウ
ジマ」から、当時使われていた呼称の「イオウ
トウ」に変わると伝えていました。その時映った島の様子を上空から捉えた映像を見ながらカミサンが、「海こんなきれいだった?」と聞きました。その日も私は海に出ていたので、ついでに今日の海の様子でも聞いているのかとも思ったのですが、はたと思い出して、「もしかして俺がこないだ行ったところと勘違いしてないか?」と聞き返すと、「やっぱり違うのか。変だとは思っていたんだよね。」との答えでした。私が留守の間にちょうどカミサンの母が家に来ていたのですが、二人で「確か硫黄島は一般人は上陸できないはずだ。」「上陸はしなかったのかも知れない。」とかなんとか言いつつ、私が小笠原の南にある硫黄島に行ったものと思っていたようでした。私とカミサンは
丸一日以上船に乗って小笠原の父島へ行ったことが何度かあります。なのに私がボートの後部デッキでずぶ濡れになりながら、
枕崎から硫黄島へ行ったと思っていたカミサンは一体・・・?
薩摩硫黄島に行った時の話しは、一緒に行ったサザンワークスの松本さんも「
テツの小部屋」に書いています。宜しければそちらもご覧ください。そちらのほうが写真も豊富(私も帰ってから少し画像を追加しましたが)です。
- 2007/06/22(金) 17:22:02|
- 旅 + シーカヤック
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