ツーリング二日目の23日に漕いだ距離は27km位でした。
下田海岸は、結構広い海岸線のほとんどがコンクリートで固められていました。人が降りられるように段を作ってはあるのですが、砂浜はほんの少しだけで、でも後で道を歩いていると「←下田海水浴場」の看板がありました。これまた立派なコンクリート製の東屋のようなものもあるけどあまり使われえいる形跡も無く、人気の無い寂しい雰囲気が漂っているところでした。
カヤックを陸に上げ、辺りの様子を見回ったりしていると、一台の軽乗用車がやってきました。中からは保育園からの帰りに散歩に寄ったと思われる女の子と、お迎え担当のお爺さんと思しき人が降り立ちました。カヤックを見つけると興味深げに近寄ってきて(孫ではない方が)、しゃがみ込んでカサラノを撫で回すようにして観察し始めました。私には何と言ったか正確には伝えられませんが、「帆は?」と訊いてきました。そして帆走ではなくて手で漕いできたと答えると、感心したようでもあったのですが、少し残念そうな表情が浮かんでいたようにも思います。その後ひとしきりまた観察したり、どこから漕いできたのかとか、転ばないものかとか、転んだらどうするのか、何で出来ているのかなど、よくある質問をされ、それに松本さんが丁寧に答えていると、ふと「小さいのでいいから帆があったら楽だろうに。」というようなことを言われました。そして「どうして帆を付けないのか?」というような質問に続いたので、帆をつけられないこともないけど、手で漕いでしまったほうが速い場合もあることや、装備が身軽でなくなってしまうことなどをまた丁寧に説明していると、愛想よく頷き、それなりに納得していただけたようでした。その後も最高34ノットも出る船を持っている話しが出たり(要するにこの人はプロの海の人でした)、終始にこやかに雑談がまだ続いていたのですが、話の途中何かにつけ「帆があったら・・・」が残念そうに繰り返されました。そして、またカサラノの前にしゃがみ込んだり前から見たり後ろから見たりしながら、「小さいのでいいからこの辺に帆があれば・・・」で話しは締めくくられました。会話の中で九十九回位(実際には多分5〜6回)帆が無いことを残念がる言葉が繰り返されていました。余程「手で漕ぐ」=「何かの力を使わないこと」が理不尽に感じられたようです。辺りも薄暗くなり始め、34ノットの船長は20ノット位の軽乗用車でニコニコしながら孫と家路についたのですが、見えない小さな帆を何本も私達の周りに置いて行ったようです。私の頭の中では白い小さな帆がはためき続け、その後私達の会話の中には、何かにつけ「小さいのでいいから帆があれば・・・」のフレーズが口をついて出てくることと相成りました。
見えない小さな帆を撒き散らして20ノットの軽乗用車が去って行った後、私達はホップ+麦芽+炭酸の飲み物や新鮮な食料などを求めて、30分程歩いて買出しに行きました。帆がついていたほうがより良い乗り物を置いた場所に戻って少しすると、明日からツーリングに合流するTさんが駅からタクシーで到着しました。こんなことができるのもフォールディングカヤックならではです。

三日目、24日の朝です。
ここだけ見ると物凄く美しいビーチですが、砂浜の面積は僅かです。
これから東へ向かうのですが、北東から東よりの風が吹いていたので、34ノットの船長の言う通り、確かに小さなスピンネーカーでもあれば漕がずに楽に進むことができたと思います。潮の時間の関係上、早く出発しても無意味なので、この日もゆっくり10過ぎに出艇しました。

小さな帆も無かったけど、追い風追い潮で結構ハイペースで進み、平戸瀬戸入り口の東の手間にある横島に到着しました。平戸瀬戸は北から南に流れている時間でしたが、あまり流れの速い時間に下るより、転流時間に近い流れの遅い時間帯に入ったほうが無難なので、ここで棒ラーメンタイムです。あまり考えもせず横島の北東側に上陸したのですが、潮はこれから引いていきます。上陸したときに写真の状態だったので、棒ラーメンタイムの後には出艇するのが容易でなくなっていることは容易に想像がつきます。

写真の右側が上陸した側なのですが、3〜4mの石の壁を上がると、島の南西側には穏やかでいかにもカヤックの出入艇に最適な浜が広がっていました。
選択肢は三通りありましたが、ご覧の通り壁をよじ登って島を横断(縦断?)する道を選びました。

無事棒ラーメンタイムも終わり、本日のと言うか、今回のコースのハイライトの一つである平戸瀬戸へ向かいます。
続く・・・
- 2007/10/30(火) 18:26:19|
- 旅 + シーカヤック
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